人の軸になるもの
一般的に例えられがちなのは、「原石」や「樹」です。
「芯が一本通ってる」とか、「揺るぎない芯がある」とか、そういう“変わらない”一貫したものとしてのイメージが強い。
原石の軸(一般的に“成功物語”として語られやすい)
- 固い核がある
- 削られることで輪郭が明確になる
- 磨かれるほど輝きが増す
- 中身は変わらない
- 外圧が“強度テスト”として機能する
→ 才能・資質・個性・信念・強み
→ 洗練・表現・自己主張・ブランド化
→「何者かであること」自体が価値
樹の軸(一般的に評価されやすい)
- 真っすぐで太い一本の幹
- しっかり根を張る=土台がある
- 動かない
- 年輪で成長が可視化される
→ 一芸・専門・一貫性・肩書き
→成長=蓄積として可視化される
→継続と安定が価値
そして他にも、私が辿り着いた川という軸や、
もうひとつ、建造物と表現できる軸もあるのでは?と考えました。
川の軸(構造としての一貫性を持つが、形を固定しない)
- 常に流動している
- 外部環境(地形・気候・合流)によって形状と役割が変わる
- 一点に留まらず、関係性の中で存在が定義される
- 増水・渇水・氾濫など、状態変化そのものを内包している
- 区間ごとに性質が異なっても、水系としては連続している
→ 可塑性・適応性・関係調整
→ 翻訳・媒介・循環・配置
→ 状況最適化・流れの設計・意味づけ
建築物の軸(外部要請を基点に、機能として成立する一貫性)
- 設計図(目的・要件)が先に存在する
- 目的・機能・役割が明確
- 構造は論理的に組み上げられ、再現性が高い
- 必要に応じて増改築・用途変更が可能
→ 設計・戦略・社会的機能
→ 成果・役割・責任範囲の明確化
→ 「何を果たすか」「どの役割を担うか」が価値
注意事項として
これは優劣の話ではありません。
それぞれの一貫性が別のかたちで現れているだけ。
人は1タイプに限られないし、同じ人が複数タイプにまたがることだってあるかもしれないし、
これまで生きてきた状況によって、軸が変わることもあるかもしれない。
ただ、固いもの・揺るぎないものというイメージだけが軸じゃないよね、という話です。
軸=どうありたいか?のコアだとするなら
どうありたいかを考えることって、
どう生きたいか?
どう死にたいか?
何を選択するか? 何をしないか?
今この感情をどう扱うか?
言い出したらキリがないくらい、色んなこと繋がっていると気付く。
「あり方」を考えることは、実質的に“生の設計図”を触っている行為だと思う。
「どうありたいか」は最上流の問い
全部レイヤーが違うだけで同じ流れにある。
• どうありたいか(存在の質・姿勢)
↓
• どう生きたいか(時間の使い方・生の方向)
↓
• どう死にたいか(どんな納得で終えたいか)
↓
• 何を選択するか/何をしないか(日常の判断)
↓
• 今この感情をどう扱うか(瞬間の態度)
キリがないように見えて、実は“同じ問い”を見ている
キリがないと感じるのは、問いが増えているからじゃなくて、同じ核を角度を変えて何度も照らしているから。
「螺旋階段」の感覚
- 前と同じ問いに戻ってきたようで
- でも、立っている高さが違う
- だから見える景色も違う
「また同じことを考えてる…」ではなくて、別の階層で同じ問いを扱っている。
「何をしないか」も大切な指標
多くの人は「何をするか」までで止まる。
でも、優しすぎるあなたには一度考えてみるのもいいかもしれない。
何をしないか?
これは、
- 無理に証明しない
- 消耗する関係に入らない
- 自分を粗く扱う選択をしない
という自己への倫理の話。
ここを言語化できずに、無意識に消耗していることって、意外とある。
感情の扱いまで含めて「あり方」
特に大事なのがこれ。
今この感情をどう扱うか?
感情を「消す」「正す」「抑える」じゃなくて、どう扱うか。
4種類の軸の特徴まとめ
「どうありたいか」を考えることは、
- 人生を細かく管理することじゃない
- 正解を決めることでもない
選択のたびに戻ってこられる“基準点”を持つこと。
原石:内的本質 × 外圧
→ 本質の純度・輝度
「変わらない私で勝負する」
•樹:時間 × 蓄積
→ 成長の連続性・安定性
「育ち続ける私で居る」
川:関係性 × 変化
→ 流れの設計・循環
「変わり続ける私で在る」
建築物:目的 × 設計
→ 機能の達成・社会的有用性
「求められる私を組み上げる」
現代社会の評価制度は、これらのうち「あるタイプ」を測りやすく設計されているように感じます。
つまり、測りやすい軸/測りにくい軸がある。
これが私のコンプレックスに繋がったという話は、また次回。



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