経歴がバラバラで、これといった実績がないまま方向がガラッと変わる。
1つの職種を長く続けることさえできていない。
その時々でやりたいことを選んだ結果だったはずなのに、
「これぞ!」という強みがないせいで、履歴書や面接で行き詰まる。
そうしているうちに、自分でも
「私って本当は何がしたいの?」がだんだん見えなくなっていました。
揺れ=悪だと思い込んでいた
突出した何か、という強みは、
それを身に着けるまでの長年の努力や、
他の可能性を手放してもその一つを選び抜く潔さまで含めて、
とても「目に見えやすい」。
- 専門性
- 一貫性
- 「○○の人」と呼ばれること
言い換えれば、それは「ブランド力」。
それに対して、私は何者とも言い切れない自分の状態を、
- 中途半端
- 覚悟不足
- 芯のなさ
という自己批判に変換していました。
常にゆらゆらしていることが悪いことだと思っていたんです。
私、昔からひどく落ち込んだとき
「今はひとりでどっぷりで沈みたい!!」と思っても、
社会の顔や母親の顔は通常運転しているように見せてきました。
だから「偏る」ことも意図的だったり、
無意識だったとしても比較的早くハッと気づく。
その「偏り切れないこと」を、私はずっと弱さだと誤認していました。
自信がなかった理由
それ故の自信のなさ。
確固たる軸が太くないことへの自信のなさ。
もしこの軸を外に出すと
- 「結局何が得意なの?強みは?」
- 「で、実績は?」
- 「どこに向かってるの?何がしたいの?」
そんな質問に引っ張られる。
それらの質問に、「私はこうです。」と答えることは、
自分を固定してしまうような感覚がありました。
今はそうかもしれない。
でも、過去も未来も、ずっと同じとは限らない。
言葉にした瞬間、どこかズレてしまう。
分かっている“正解”を口にしても、どこかで嘘をついているような気がして、
そのたびに自分は劣っていると解釈していた。
それは石や木の物差し。
川に当てれば、自信を失うのは当然でした。
評価軸が違っただけでした
その自覚が持てた今、過去に感じていた自信のなさや罪悪感は、
「評価軸の不一致」によるものだったと整理しています。
問題は「揺れていたこと」でも「定まらなかったこと」でもない。
苦しかったのは、
「揺れている自分は未熟で、不安定で、信用されない」という評価を、
自分の内側に採用してしまっていたこと。
これは「軸がない」からじゃなくて、軸の形が“棒”じゃなかっただけ。
実際は、固定しない誠実さでした。
- 感情に飲まれ切らない
- 役割から外れない
これは、弱さじゃなく、可塑性と調整力の高さだったんです。
私の軸は、変わらないことで成立するものではなかった
川である私にとって、軸とは流れを止める固定されたものじゃない。
流れの中で迷子にならないための感覚。
川であることは弱点ではなく、ただ、傍からは測りにくいだけ。
折れないし、枯れにくい。
むしろ長期戦向き。
私は変わらない「何者かになる人」じゃなくて、
変わり続けるその流れの一途を作る人。
今は、揺れながら役割を果たし、揺れながら選び続けることが、私なりの軸だったと感じています。


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