原石ではなく、軸が川だった話

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これまで私は、人はみんな原石だと思ってた

削られ磨き上げても光らない、
光れなくてごめんなさいと罪の意識があった

でも、今は自分の中にあるものが川だと知っている

変化に応じて変化し続けるもの
どうやらそれが私だったらしい。

これは、私が自分の「軸」を勘違いしていた話です。

軸は「固いもの」だと思い込んでいた

人の核や軸は、樹や石のように固いものに例えられがちです。
私も長い間、自分も磨けば光るダイヤの原石なのだと思っていました。

けれど、いくら私の内側を探しても、
「しっかりした形を持つ、揺るぎない何か」は見当たらない。

そしてその違和感に薄々気づきながらも、
「芯を持った人でなければいけない」
「原石や大木であるべし!」という思い込みが強すぎて、

自分には軸や芯がないのかもしれない、
という言葉にできない不安が、どこかでずっと巣食っていました。

一貫性がないように見える経歴

振り返ると、私はこれまでの経歴が一貫していなくて、
「何をしたい人なのか?」が分かりにくい人です。

  • ラジオDJ、モデル、女優(のタマゴ)
  • バックパッカー
  • 大学受験
  • 旅行会社
  • web制作、占星術、カウンセリング
  • 医療、臨床研究のサポート

未経験の分野ばかりを飛び石みたいに進んできたみたいな経歴でしょう?
なんの肩書も持っていない、長く続けてきた実績もないと感じていました。

履歴書や面接で強みや専門性を聞かれたとき、
自分でも「これです」と示せるものが見えにくくて、
余計に不安を強めていた気がします。

「変わらない私」ではなく「変わり続けるのが私」

そんな中で、私が考え続けた末に辿り着いたのは、一般的な理想像ではありませんでした。

「自分はどうありたいか?」
「あり方とは何か?」
と、問いを重ねていたある日、私は「変わらない何か」ではなく、
「変わることが前提の何か」だったのだと、ふと気付いたんです。

そう考えてみれば、私は仕事や役割が変わっても、
「調整役」「支援役」「ナビゲーター役」に自然と立ち位置が決まっていました。

「状況に応じて、自分も他者も損なわない独自の関わり方を選び取れる人」
という、常に変化が前提にある姿勢。

宝石や大木になることよりも、その場ごとに自分の判断を引き受け続けること。

それが、私にとっての「あり方」だったんです。

一所に留まらず、動き続けて、形を変えて、
それでも何か根底に一貫するものはある。
そんなイメージを辿って、私の中に浮かんできたのは「川」でした。

川という軸のイメージ

  • 流れる
  • 地形に合わせて形を変える
  • 合流や分岐がある
  • 干ばつも増水も経験する
  • それでも水系としては一貫している

同じ場所に同じ形で在り続けることはありません。
昨日と今日で流速も水量も違うし、季節や環境によって様相は大きく変わりうる。

それでも、川は川であり続けます。
川は常に姿を変えるけど、「流れ続けること」そのものは変わらない。
むしろ、変化し続けることこそが川としての一貫性、軸だと言えるのではないでしょうか。

まとめ:軸は「形」ではなく「流れ」かもしれない

人には人それぞれ色んな「あり方」があるのだから、その軸だって千差万別。

もし、自分には核がないと思っていた理由が、
「固いものだけを軸だと思い込んでいただけ」だとしたら、

欠如ではなく、
変わり続けること自体が、私の核だったのだとしたら、

あなたの中を流れているものは、いったい何でしょうか?

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