ここまでの記事で
- 関係が一人では成立しなかった理由

- 好きが湧き出てこなくなった理由

は、自分なりに整理できたように思う。
でも、
- じゃあどうすればよかったのか?
- どうすれば関係が続いたのか?
は、まだ疑問として残ってた。
愛は無償でいいんだけど、
「関係を育む」となると、また変わってくるのかもしれない。
私の愛し方は私が決められるけど、
関係はお互いが協力し合わないと成立しないっていう、
そんな、当たり前のことが見えていなかった。
私は無償であることにこだわり過ぎて、
求めることを否定しているところがあったように思う。
関係が成立しない
じゃあ、私はなんで求めなかったのか?
私が求めなかったことが、
夫婦関係を継続できなかった原因なのか?
というと、
そうとも言い切れない。
行動ではなくて、前提の問題
私には、
- 「求めること」が良しとされない
- 与えられるレールや枠に「綺麗に収まるべき」への強い反発
- 極端な自己責任論
といった価値観が、成長過程で身についていて、
だから、
求めなかったというより、
「求める」という選択肢がそもそも最初からほとんどなかった。
うまくいかないときは、
自分のせいだと思っていたし、
自分を変えれば何とかなると考えていた。
結果として、
- 求めない
- 調整を提案しない
- 自分側で吸収し、修正し続ける
それが当然みたいになってたように思う。
問題があっても成立してしまう関係
前夫と私の間の場合、
- 前夫は私に求める
- 私はそれに応じる
- 逆はなかった
でも、これで最初のうちは成立してた。
一見すると循環、
でも実際は、ただの一方通行だったわけだけど。
破綻していたわけじゃない。
むしろ「成立していた」。
だから、
2人とも同じ「関係」を見ているはずなのに、
意味づけが真逆になった。
前夫:
うまくいっている
問題なし
継続OK
私:
削られている
不足を補い続けている
苦しい
「成立してしまう」ことの罠
- 成立してるからこそ止まらない
- 破綻していない
- 続いている
- 表面的には問題が見えにくい
でも、
- 内部では負荷が偏っている
しかもこれ、
苦しい側しか気付きにくい。
相手には、うまくいってる面しか見えにくいし、
周りの人からも問題ないように見える。
苦しい側は、前提が
- 求めない
- 応じる
- 自分側で調整する
だから、
苦しいとは言い出しにくいし、
その苦しさをうまく説明できない。
だから、一方向の関係でも成立してしまう。
変えようとしたときに起きたこと
それでも私は、
「このままじゃ、ずっと続けていくのは無理」と感じて、
変えようとした。
そして、
私が「変えたい」と表明する段階へ進んだときに起ここったことは、
前夫→私
「うまく運用できてるのに、なんで変える必要があるの?」
私→前夫
「私一人の犠牲で成立しているものを、
うまく運用できてるとは言わない」
自分が悪いところを直せばうまくいくと思ってた。でも…
私は、
自分が悪いのか、運用が悪いのか
切り分けて考えることができていなかったから、
私がどこかを直せば何とかなると思ってた。
それでコミュニケーションスクールに通ったり、
心理学や哲学などを学んだり、
とにかく目についたものは何でも手当たり次第にやった。
話し合えば分かり合える
どちらかが変われば関係も変わる
- 努力すれば改善できる
そんな理想を信じて、
ただ自分を変えようと、必死だった。
でも「運用方法を固定する」前夫のスタンスは変わらなかった。
そこで起こったことは、
前夫→私
「君は(悪い方へ)変わってしまった」
私→前夫
「なんであなたは何も変えないの?」
話し合い以前の問題
その後は、
話をしようとすると、
「君はおかしい。
精神疾患か発達障害があるはずだから、病院へ行こう。」
と言われて、
実際にクリニックに連れて行かれたこともあった。
私が、二人で受診することを提案したときは、
「必要なのは、おかしい君だけ」という答えだった。
私が「これ以上はもうがんばれない」と言ったときも、
返ってきたのは「もっと頑張れ」だったし、
最後に別居について話したときにも、
「家族を壊そうとしてるのは君。変わるべきは君だけ」と言われた。
ここで分かったことは、
話し合いがうまくいかないんじゃなくて、
話し合いが成立する前提が揃ってなかったってことだった。
私:
• 調整したい
• 変化したい
• 歩み寄りたい
前夫:
• 今のままで成立している
• 変える必要がない
• 問題はあなた側
私は変えたかった。
でも相手は変えたくなかった。
前提を共有することができなかった。
だから、
結果として、更新は起こらなかった。
抜け出せない「自分のせい」
それでも、
「努力が足りなかったのでは?」
「伝え方が悪かったのでは?」
と、何度も自分を責めたこともあった。
だけど、今は違うと思ってる。
「何を問題とするか」が一致していない
「話し合いのテーブルが、そもそも存在していない」
これは、一方の努力だけではどうしようもない場合がある。
心より先に身体が限界を告げた
この段階では、 心はまだ耐えていた。
苦しかった。
でも続けていた。
止まらなかった。
毎日毎日ひとりになると涙が止まらなかったのに、
精神的な限界に気付けなかった。
でも、身体は正直だった。
- 味覚障害
- 聴覚障害と聴覚過敏
- 食欲減退というより摂食意欲の低下
- 不眠
正確に言うと、
心が折れた → ではない
嫌いになった → でもない
継続不能になった。
- 自分を変えれば何とかなる前提
- 自己責任の強さ
- 「まだできる」という感覚
だから、
限界に気づけなかった。
それで、身体が先に白旗をあげた。
「感情」じゃなくて「機能の停止」。
心の傷は、
目に見えないだけで決して「ない」訳では無いんだけどね。
再構成|「関係を育む」の再定義と運用の入口
めっちゃ頑張ってたな私。
その方向が、結果としてズレてたとしても、
頑張ってた事実は認めてあげたい。
そして、
そういう人たちは沢山いると思う。
この一連を経験して今の私が思うことは、
関係を育むって、まずは
双方に「育てたい」とか「育てよう」が揃ってる事が前提。
少なくとも「継続」の意思。
関係って、
成立したら勝手に育つものじゃなくて、
育てようとする意思が揃って初めてスタートするもの。
その上で、
話すことも調整も試行錯誤も更新も全て必要。
関係って、
「気持ちがある」だけじゃなくて、
動かし続けるものだと思うから。
キャッチボール=関係の運用
与えるって、ただキャッチボールの球を投げればいいって話じゃないよね。
関係を育むには双方の意思が必要
求めることも含めて運用が必要
「与える」の中身が問題だった。
双方向性の完全体。
キャッチボールは
どっちも投げるし、
どっちも受ける。
非対称じゃ成立しない。
「分かって欲しい」を察するよう強いることはコントロール(奪う行為)だけど、
「分かって欲しい」を相手にわかりやすいかたちで提示するのは、差し出す(与える)行為にもなりえる。
相手が、それを知りたいって思ってるわけだから。
同じ「分かって欲しい」でも、行為の質は変わる。
「与えているはずなのにうまくいかない」の正体
さらに、関係の継続から「育む」を考えれば、
「投げて受ける」の繰り返しができてれば成立、っていうわけじゃない。
つまり、
与えてるかどうか
じゃなくて
どう与えているか?
相手の受け取りやすい球を投げる
相手が「胸の前に落ちてくるように投げてくれたボールは受け取りやすい」って言えば、
真っ直ぐじゃなくて、ちょっと弧を描くように、投げ方を変えるじゃない?
投げ方の工夫と、受け取りやすさの開示どっちもある方が話は早い。
- 与え方の調整
- 受け取り方の共有
- 双方向の工夫
完璧に合わせられない現実、個体差の存在、それでも続けるための調整
「左利きと投げ方のくせでどうしてもこういう投げ方になっちゃう」って言われたら、
何回も繰り返して、癖の修正と受け取り手の慣れが発生する。
どっちもが自分の正しさを主張してたら、
継続させるのは難しい。
正しさより継続
このキャッチボールは
「野球としての正しさ」はそんなに重要じゃなくて、
2人が継続して「投げて受け取って」をできるかが優先されていいと思う。
- 正しい投げ方(理想)
よりも
- 継続(現実)
関係は積み重ねで上達できる
それを積み重ねてるうちに、
腕も強くなって、投球も捕球も安定して、
2人のキャッチボールができあがっていくんだよね。
関係って
気持ちだけじゃない。
- 慣れ
- 技術
- 経験
積み上げていくもの
私が築きたいのはこの関係。
関係が育まれ、そして、広がる
キャッチボールという行為だけを鍛えているんじゃない。
その行為を通じて、
思いやりとか配慮も、
次はこうしてみよう!とかこれ試してみたい!
っていう新たな挑戦への意欲も、キャッチボールをするための健康維持や体力作りも、
そのための場に準備も、
全て必要でしょ?
関係って
「その場のやり取り」だけじゃない。
関係を育てるのも、
「ただ二人でいるときに楽しく過ごせたらいい」
っていうわけじゃないと思っていて。
だってさ、
いくら会ってるとき楽しくても、
離れてる時間が不安で他のことが手につかない状態だったら、
関係が育まれてるって言えなくない?
過去の関係をふまえて、これから望む関係
私が築きたいのは、お互いが望んで広がっていく関係。
どっちかが無理をして成立するものじゃなくて、
どっちも投げて、
どっちも受けて、
その都度ちょっとずつ調整しながら続いていくもの。
世間の正しさを守ることよりも、
二人が続けられるスタイルを見つけていくことの方が重要で、
そのために、
話したり、
試したり、
うまくいかなかったりしながら、
少しずつ変わっていける関係。
だから今は、
「当時、私はどうすれば関係が続いたのか?」
ではなくて、
「これから、私は誰とどんな関係を築いていきたいのか?」
って考えてるときが、ちょっと楽しいw


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