優しすぎるあなたが壊れずに生きるための思考法―正しさより続けられる選択―

コラム

はじめまして、波野 文と申します。

1982年3月1日生まれ
神戸市在住
ビールと藤井風が好き(背反二律)
次男との車2人旅が趣味で、神社巡りやご当地グルメを目指し、西は山口県・北は栃木県まで。
次は北海道へ行きたい(風のTourで行けたら最高!)

ラベル付けやポジティブな言葉で自分を塗りつぶすのではなく、
内省の迷子から抜け出し、
今のままの自分で生き抜くための『生存戦略としての思考法』を。

具体性のない自己啓発に疲れたあなたが、
再び自分の足で歩き出すための思考の可視化をサポートします。

幼少期の葛藤と自己否定の形成

私は、空気を読んで黙るより自分の果たすべき責任を貫くことを優先する父と、
そんな父に従属する母の元に、両親が思い描いた「こういう子」とは違うかたちで生まれました。

期待された役割や前提に、

最初から「なれない」とどこかで察しながら育ちました。

真ん中っ子ならではの観察力は育まれましたが、
同時に「何を頑張っても認められない」という、先回りした諦めの前提も強くありました。

自己否定がデフォルトとして設定されるには、十分すぎる環境だったと思っています。

常に自分の価値や存在意義を他者評価に委ね、顔色を見て、
素直に頑張っても報われないなら真逆を行く、という極端な傾向も強まりました。

その後のエセキラキラ期や結婚生活を経て、今の私があります。

「選ぶこと」と「思考の可視化」で変わった今の自分

全てを受け入れ、相手の期待や要望に何でも応えなければ存在意義がない、という考えは今では薄まっています。

「何を引き受け」、「何は引き受けないか」を、少しずつ自分で選べるようになってきたことが影響しています。

また、私は、元々の傾向として言語化が得意ではありません。
頭の中で考えていることが、そもそも言葉ではない、という感覚があります。

相手の顔色を伺いすぎる性質も重なり、自分が伝えたいことが歪んで伝わることに、強い苦手意識を持っていました。
だから瞬間的な言語化が求められる、ウィットに富んだ会話は今でも得意ではありません。

私にとって言語化は、自分の中にある、あるいは削れ落ちていった自分のカケラをひとつずつ拾い集めて形にしていく、地道で時間のかかる作業です。

複雑な思考を可視化する独自のステップと、言語化の練習を重ねる中で、
口頭ではまだ難しくても、文章であればマイペースに形にできる、そう思えるようになりました。

このブログがあなたに届けたいこと

まわりの人の気持ちを大切にしたいという思いが強すぎて、自分を後回しにし続けた結果、生きづらさや息苦しさを抱えていた頃の私へ

「あなたの選択や行動のおかげで、
こう考えられる私になったよ。ありがとう。」

という気持ちを伝えたくて、これまでの私を丁寧に紡ぎ、ブログにしました。

このブログで話される内容は正解や教訓ではありません。

人によってそれぞれ違う「大切にしたいこと」を、
「大切にしたまま」生きる方法のひとつとして、
こんな考え方もある、という提示です。

世間一般の正解と、自分の「どう在りたいか」がズレていても、どうにかバランスを取ることはできる。

今の日本で、壊れないよう健気に生きているあなたにとって、
どこかひとつでも、そっと寄り添えるでブログになれれば幸いです。

※当ブログは、特定の医療的アドバイスや心理療法を提供するものではなく、筆者の実体験に基づく思考の整理法を共有する場です。

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