“あり方”ってどういうことだろう?― 私が辿り着いた答え

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ふと問いが湧いたので、思考を重ねて自分なりに「“あり方”ってこういうことを言うのかも」というところに辿り着きました。
私にとって「あり方」は、何か1つの理想像になることではなく、状況ごとに判断を引き受け続ける姿勢のことでした。

まず、私が「どうありたい?」と考えたとき、思い浮かぶワードはこちら。

  • 誠実でありたい
  • 優しくありたい
  • 心地よくありたい
  • 強く美しくありたい
  • しなやかにたおやかにありたい
  • 聡くありたい
  • オリジナルでありたい

なんだかバラバラに見えるし、矛盾している気もする。

共通点や「どういうシーンで発動しそうか?」という視点で、分析してみます。

出てきたワードをグループ分けしてみる

思い浮かんだワードは、核・中間・外側の3層グループに分けられそうです。

【核】倫理・姿勢(ブレない部分)

  • 誠実でありたい
  • 優しくありたい
  • 聡くありたい

これは状況がどうであれ失いたくない、自分自身の前提であり、守るもの。
どういう態度で臨むか、という全てに対するベースの部分。

これはもちろん、自分に対してどういう態度でいるかということも含む。

【中間】状態・質感(調整される部分)

  • 心地よくありたい
  • しなやかに、たおやかにありたい

これは、自分のコンディション指標。
常に完璧でいられないとしても、「戻ってくる場所」として大切に持っておきたい感受点であり、基準点。

疲れたり余裕がないとき、「あ、なんか私今、しなやかじゃない。しなやかな状態でいられてない。」って気付けるポイント。

【外側】表現・形(変化していい部分)

  • 強く美しくありたい
  • オリジナルでありたい

これはどういう風に世界や人と接するかという、年齢や環境で形は変わっていい「更新されることを前提とした」の領域。
強く美しくオリジナルというベースの概念は共通していても、その中身はその時々できっと変化する。

“全てを同時に満たさなくていい”

最初に思い浮かぶままワードを並べたとき矛盾に感じたように、
どれかを出せば何かが弱まる、あるいは下がるみたいなことは、起こる。

異なる層に矛盾する要素が入り混じっているのだから、
全てを完璧満タンMAXで継続するのはムリ。

実際、私は「ちゃんとしよう」と思うほど、どこかで無理し過ぎて息切れしてた。

私の中で、ここ、かなり大事。

取り違えると、「あり方」はすぐ「自分を縛る理想」になる。
優しすぎる人ほど、自分に厳しい人ほど、「全部同時にできてない私はダメ」になりやすい。

でも実際は

  • 強さを出すときは、たおやかさが下がる
  • 心地よさを優先すると、強さは控えめになる
  • 誠実でいると、優しく見えない場面もある

環境やシーンにあわせて、バランスが変わって当然だと思う。

バランス、采配

一般的にバランスって、

  • 均等
  • 中庸
  • ブレない

みたいに誤解されがちだけど、私が言いたいのはこういうのじゃない。

私がイメージするバランスは

  • 常に揺れている
  • 状況に応じて配分が変わる
  • 止まらない

たとえば、職場での私と子どもと過ごしている私が同じ配分なわけがない。

これは心理学でいうとダイナミック・バランス(動的均衡)。
振り返ると、しんどかった時期はたいてい「配分を変えられない自分」だったように思う。

偏り自体が問題なのではなくて、偏ったまま止まってしまって固着することが負荷になる。

  • 優しさ100%で固定 → 自己消耗
  • 強さ100%で固定 → 断絶
  • 正しさ100%で固定 → 孤立

きっと私たちは経験的・体感的に知っている。
だから、揺れていていいし、状況に応じて変わっていい。

「バランスを取る」だと受動的だけど、采配は能動的に選ぶ。

  • 今はどれを前に出すか
  • どれを一歩下げるか
  • 全部を消さずに配置換えをする

その時々で、どのあり方を強めて弱めるか采配する。
人生の主導権を自分に取り戻した感じが、少し増した。

「理想像」ではなく「自分の内側にあるもの」

「どう振る舞うか」ではなく、迷ったとき何を優先するかの判断基準になっているのであれば、
「あり方」とは、

  • 性格ではない
  • スキルでもない
  • 成果でもない

行動や選択の“手前”にある、判断の軸。

今から目指す人物像じゃなくて、「すでに」自分の内側に存在している前提とかベースの部分のことなのかもしれない。

では、私の「あり方」は?

  • 誠実でありたい
  • 優しくありたい
  • 聡くありたい

  → 価値判断を外に丸投げしない
  → 感情だけでも理屈だけでも動かない
  → 関係性において「雑にならない」人

  • 心地よくありたい
  • しなやかに、たおやかにありたい

  → 自分の内外の緊張を察知できる
  → 固定姿勢を取らず、圧を逃がせる

  • 強く美しくありたい
  • オリジナルでありたい

  → 状況判断ができる強さ
  → テンプレ的「良い人」では満足しない
  → 自分なりの選択基準を持ちたい

これらに共通しているのは、一本の価値を貫き通す人ではなく、
その場その場で最適解を更新できる人でありたいという点。

だから私の目指す“あり方”は、「芯が強い人」「ブレない人」ではない。
代わりに、判断力を内在化している人、力・優しさ・知性の配分を誤らない人。

「常にこうありたい」ではなく、状況に応じて“そう在ろうとする姿勢”を全てのベースに持っていたい。
言葉にしてみて、私はずっと「自分を雑に扱わない判断」をしたかったんだと思う。

私は、「状況に応じて自分も他者も損なわない独自の関わり方を選び取れる人」でありたい。

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