私は、x軸y軸共に「質問ページ」で当てはまる項目が多く、
いわゆる「左下ゾーン」出身です。
今も、完全にそこを離れたとは決して思っていません。
昔より気楽にはなりました。
反応の仕方も、考え方も、だいぶ変わったと思います。
それでも、気を抜くと「あ、また左下ゾーン特有の傾向が強く出てるな」という感覚は、今もはっきりあります。
だからこれは、「抜けた話」でも「克服した話」でもありません。
むしろ、ベースとして残っているものを、どう扱っているかという話です。
「治そう」としていた頃、うまくいかなかった
以前の私は、左下ゾーンの傾向を
- 「直さなければいけないもの」
- 「弱さ」
- 「足を引っ張る癖」
- 「生きづらさの原因」
として見ていました。
もっと自己肯定できるようにならなきゃ
もっと自分を大切できる人にならなきゃ
そう思って、いろいろ試しました。
でも正直に言うと、
そのやり方は、私には続きませんでした。
頑張っている間は少し楽になるけれど、
疲れた瞬間、反動で一気に戻る。
そして「またできなかった」と、自分を責める。
このループが一番しんどかった。
【補足】
「できていない自分」を修正し続ける方法は、もともと自分に厳しい傾向がある人ほど、自己否定を強化してしまうことがあります。
行き過ぎた「前向きさ」が招いた失敗
そして、過剰に右上ゾーンを目指しすぎて失敗もありました。
「ポジティブであるべき!」
「つらい経験も自分にとって必要だったから起こった!」
「人は変えられないけど、
自分は気持ち次第ですぐに変えられるんだから、
自分を変えねば!!」
という考えに引っ張られすぎて、
それを正解として、まわりにも押し付けてしまった経験もあります。
「前向きになれなかった自分」は、努力不足ではありません。
「良い考え」を急いで内面化すると、かえって自己否定が強化されることがあります。
前向きな言葉や考え方が、必ずしも「今の自分に合った負荷」だとは限らないからです。
合わない負荷を使えば、一時的に持ち上がっても、反動が大きくなりやすいことがあると考えています。
変わったのは「見方」だった
ある時、自分の左下ゾーンの傾向を
「消す対象」や「治すべきもの」ではなく「前提条件」として見た方が、現実的なのでは?
私には扱いやすいのでは?
と思いつきました。
前提条件として捉える、という視点は、「諦める」こととは異なります。
現実的なスタート地点を認める、という意味です。
私の場合、
- 自分に厳しくなりやすい、後回しにしやすい
- 相手の反応を過剰に読み取りやすい
- 空気が悪くなる前に動こうとする
これは欠点でもあるけれど、
同時に「そういうセンサーが常に動いている状態」でもある。
なくすことは難しい。
もはや、そういうセンサーが働いている状態が自分にとって自然。
【補足】
感受性や警戒心の高さは、
環境によっては「必要な機能」として発達することがあります。
問題は“あること”ではなく、
“使いどころを選べないこと”にあります。
でも、気付いたなら、自覚したなら、その使い方を選ぶことはできる。
そこから、目標が変わりました。
「左下から出る」ではなく、「左下に戻っていることに、早く気づく」。
そして、「じゃあ、次はどうする?」を考える。
変化は「思考を変えること」より、「反応までの間に余白をつくること」から始まります。
「気づけないと意味がない」という話でもありません。
後から気づくことも、十分に意味のあるプロセスです。
【補足】
しつこいようですが、繰り返すと、
「戻っていることに気づける」という感覚そのものが、「以前とは違う状態にある」というサインでもあります。
たとえ元の反応に戻ったとしても、戻ったことを自覚できている時点で「何も変わっていない」ということにはなりません。
今も続けている、ささやかな対処
今の私は、完璧にできているわけではありません。
ただ、いくつか「目印」は持っています。
たとえば、
- 頭の中で反省会が始まったとき
- 相手の表情を何度も思い出しているとき
- 「私が悪かったのかな」が自動再生されたとき
あ、今ちょっと左下寄りだな、と気づく。
気づいたら、
- すぐに答えを出さない
- 判断を一晩保留する
- 自分に説明をしようとしすぎない
それでも戻るときは戻ります。
戻らない人になったわけではありません。
ただ、戻って動けなくなる時間が短くなった。
それだけでも、ずいぶん違います。
【補足】
「短くなっていない」と感じる時期があっても、それは後退ではありません。
感受性が高い気質の人ほど、「ゼロにする」より「回復を早める」方が現実的なときもあるんです。
気づけていることがすでに前進、
戻ること自体は失敗ではない。
今も苦手な場面はある
正直に言うと、
人間関係が複雑に絡む場面や、
「正しさ」が強く求められる場所では、
今もかなり消耗します。
うまくやれているように見えても、実は内側でザワザワしていることも多い。
だから私は、「できるようになった人」ではありません。
ただ、
自分の反応の傾向を知った上で、アンテナを張って、選び直している人
になっただけです。
ここまで読んで、なんとなく分かると感じた方へ
左下ゾーンの傾向があることは、必ずしも「治すべき問題」ではありません。
それは、これまでの環境の中で、あなたが自分を守るために身につけた「現実的な適応」だった可能性があります。
知ることで、責めるためではなく、選ぶための一つの素材として使えるようになる。
私は今も、その途中にいます。
「扱えるようになる、とは
行動や現実への工夫が不要になることではない」
「傾向を知ることは、
何もしなくていい理由を作るためではなく、
無理のない調整を探すための材料」
たぶんこれからも、揺れながら、戻りながら、それでも少しずつ、自分の扱い方を更新していく。
そのプロセス自体が、私にとっては「生きやすさ」なのだと思っています。
もしこの記事を読んで「なんとなく分かる気がする」と思ってもらえたなら、
他の記事も読んでみていただけると嬉しいです。
自分の内側の感覚と、言葉が少しだけ噛み合ったタイミング。
小さなキッカケとして。
そこから先は、
あなたのペースで、あなたが続けられる方法で、自由に。




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