石鹸と感情ってすごく似てると思った話

コラム

ご存知だろうか。

石鹸は包装から取り出して放っておけば、カチンコチンに固くなる。
本当に、文字通りカチンコチン。

一晩水に漬けても変わらなかった日には驚いた。

石鹸にも感情にも、記憶は混じる

石鹸は、

誰かにあげたり、
もらったり、
自分で作ったり買ったりする。

実際にその石鹸を使ってみないと、
好みの匂いか、
使い心地かは分からない。

嫌いな人からもらった
苦手な匂いの石鹸はなんとなく放っておくし、
「やっぱりあの人苦手」、
なんて思ったりもする。

けれど、使ってみたら意外といい匂いで、
理想の使い心地だったりすると、
少し相手の印象が変わることもある。

同じ石鹸でも、「誰から来たか」の影響を受ける。

そして、

貰った本人のことを特別嫌いじゃなくても、
以前すっごく肌荒れした石鹸と匂いが似ていたら、
全く別の石鹸でも、
過去の経験が先に反応してしまう。

“いま目の前の石鹸”に、記憶が混ざる。

感情も、そんな感じだなぁと思った。

扱い方で変わる、石鹸と感情の残り方

自分が好きな匂いだと思って選んだ石鹸をプレゼントしても、
相手の反応がイマイチなことがある。

別に悪意があるわけじゃないのに、
もらった方は「なんか好きになれない」
ってなってたりもする。

それが石鹸を渡した人の性格とか愛情とか評価に直結するわけでもないのに、直結させてしまいがち。

でも、反応は反応でしかない。

くれた人や匂いが多少嫌いでも、
しっかり使ったら、使い切れるのも早い。

放っておけば固まって残るのに、
使えばちゃんと減る。

扱い方で状態は変わる。

感じきらないまま残るものもあれば、
しっかり感じ切って案外すっと終わるものもある。

感情にも受け取り方と使い道がある

石鹸は、受け取るか受け取らないかを選べる。

「受け取らない」という選択もある。

石鹸の使い道はひとつではない。

体や手を洗うだけじゃなく、

服の汚れを洗う、
掃除に回す、
引き出しに入れる、
香りとして置く。

同じものでも、用途は固定されない。

慣れた不安、慣れた自己否定

その石鹸が、匂いや使い心地などトータルで満足度が高いとは言えなくても、
慣れ親しんだものに安心することもある。

ベストではなくても「いつもの」は落ち着く。

感情にも、慣れがある。

慣れた不安、
慣れた緊張、
慣れた自己否定。

慣れているというだけで、
手放しにくいこともあれば、

「そもそもそれがベストではない」
ということを忘れてしまっていたりもする。

慣れているという理由で安心するのは自然なこと。

でも、その石鹸しか使ってはいけない理由にはならない。

今の自分の肌に、
本当に合っているかどうか、
ときどき確かめてみてもいい。

同じものでも渡され方で意味が変わる

渡され方や渡し方で受け取り方が変わるところも似ている。

丁寧に差し出されれば受け取りやすいし、
雑に置かれれば雑に扱いたくなる。

中身が同じでも、渡され方で意味が変わる。

私は、
それが誰からのどんな石鹸であっても、

要らない、
受け取りたくない
と思ったら、受け取らない人でいたい。

これは境界線の話。

贈り合ううちに、関係は変わっていく

石鹸を渡したとき、
期待した反応と違うこともあるけど、

渡せないまま終わってしまったら、
自分の手元に残り続ける。

言えなかったこと、出せなかった感情。

相手に届かないまま、
自分の中でだけ固まっていく。

何度も石鹸を贈り合ううちに、好みも分かってくる。

相手が気に入っているなら、
自分も試してみようと思えたり、
この人からの石鹸なら大丈夫、
という安心感も生まれる。

でも片方だけが贈り続けたり、
自分はもらうことが当たり前になって
相手の石鹸がなくなっていることに気づかなかったり。

それに気づいて「ごめんね」となったり、
新しい人の石鹸を試したくなったり。

相手に対して
「贈りたい」
という気持ちが湧いてこないときは、

もう、そういうことでしょう?

関係は、積み重ねで変わる。

感情を石鹸として見るということ

感情はエネルギーだと聞いたことがある。

私はずっとガソリンみたいだと思っていたけれど、石鹸のほうがしっくりきた。

燃やして終わりではなく、
固まり、
減り、
残り、
記憶と混ざり、

関係で意味も変わる。

ギフトと日常と変化。

大切な人からもらった石鹸を使い切って、
最初は「あぁなくなっちゃった」と思っていた。
あわよくばまた貰えないかな、なんて。

でも、
自分で買ったお馴染みの石鹸を使い出して数ヶ月。
その石鹸のことをすっかり忘れていた。

忘れることも、起きる。

なくならないと思っていたものが薄れたり、
ずっと続くと思っていた気持ちの意味が変わったりする。

時間は勝手に流れる。

自分の感情にも少しだけ気にかけてあげよう

最近は、
石鹸の匂いが強くて「うわ、ムリ」と思った瞬間ほど、

なんでこんなふうに感じるんだろう、
と同時に眺めている自分がいることにも気づく。

嫌だと思っている私と、
その嫌さを見ている私が、
別々に存在している感じ。

大切な相手に石鹸を贈った後、
リアクションが気になるように、

自分に対しても
「どう思ったの?何がそんな気になるの?」
って気にかけてあげてもいいんじゃないかなって。

石鹸が固まっていても、
減っていても、
匂いが変わっても、
それが石鹸そのものと完全に一致するわけではないように。

感情も、思っていたより曖昧で、
決めつけなくていいのかもしれない。

そんなことを、石鹸を見ながら考えた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました